11月、新しく支援する医学生に会いにカンボジアへ行ってまいりました

11月3日朝に札幌を発ち、同日夜8時頃にカンボジアに到着しました。直行便がなくタイ経由のため、フライト時間は合計7時間程度となります。帰りは5日の夜に発ち、翌日6日朝に札幌着という2泊4日のハードな日程でしたが、実り多い旅となりましたので、ここでご報告させていただきます。

これは到着した時の写真です。空港では日本語学校の元生徒たち、そして今回支援することが決まった生徒たちが笑顔で出迎えてくれました。お土産に持参した大量の焼きそば弁当、インスタント味噌汁、ふりかけ、カレーのルーをみんなに配るととても喜んでくれました。

今年の4月にみらいクリニックに来てくれたメンバーとのうれしい再会。右からタビィ、ワッティー、オーマ、そして1番左が今回みらいアンコール基金に関してカンボジアで支援する生徒たちを選んだり、たくさんのお仕事をしてくれているムエです。
ムエは今麻酔科の専門医課程の1年生です。過酷と言っていいほど多忙な勤務の合間に寝る時間も削り、基金の活動を支えてくれています。今回支援することが決まった4人についても、彼はそれぞれのご家庭に足を運び、親御さんとも面談、きちんと家庭背景を調べた上で選んでくれました。

この4人が今回支援をする学生さんたちです。右から助産師志望のスレイソーさん、産婦人科医志望のマリーさん、眼科医志望のダニーさん、小児科医志望のキムラーさんです。カンボジアでは専門医になりたくても貧しくて夢をあきらめなければならないという現実があります。今回支援をすることが決まった生徒さんたちはみんな目をキラキラさせて「こんな素晴らしいチャンスを下さってありがとうございます、絶対にがんばります!」と決意を語ってくれました。4人とも来年(2018年)の1月に、非常に難関である上級学校への入学試験を控えていますが、きっと合格してくれることでしょう。

翌日は大学の紹介でアンコール小児病院に行きました。1日500人から600人の子供たちが遠くから来ています。その日のうちに見てもらえなくて一晩ベンチで眠って待つ子供たちもたくさんいます。とにかく医師不足です。(中の様子は撮影禁止だったので残念ながら撮ることができませんでした。)

こちらは産婦人科がメインのジャヤバルマン7世病院。シュムリアップで一番大きな病院です。この病院も医師不足のため早朝から長蛇の列です。

これはジャヤバルマン7世病院の出産数のグラフです。グラフを見ると、とにかく生まれまくっているのがわかります。2016年は24,000人近くになっていますが、これは、みらいクリニックの年間出産数の50倍近くです。
参考数値(いずれも2016年)
札幌(人口約195万人)の年間出産数は約3万5,000人
シュムリアップ(人口約23万人)の年間出産数は約2万4,000人

その後、カンボジアの悲しい歴史も知ってもらいたいとのことで、戦争博物館に連れて行ってくれました。カンボジアは30年前までずっと戦争が続いていた国です。戦争博物館戦争に使われた武器、ミサイル、戦車、飛行機、地雷、そして、それによって腕や足がなくなってしまった人たちの悲しい写真が展示されています。

そしてカンボジアといえば世界文化遺産にも登録されているアンコールワットです。ぜひご案内をしたいということで早朝から連れて行ってもらいました。アンコールワットは12世紀前半スリーバルマン2世により30年の歳月をかけて建てられたヒンドゥ教の寺院ですが、14世紀にタイに滅ぼされてからフランス人植物学者に発見されるまでなんと400年以上もの間、密林の中で眠っていました。この日は乾季なのに珍しく雨模様で、カンボジア人に買ってもらったカラフルなカッパを着ての見学となりました。

こちらはアンコールトムです。13世紀初めに建てられたもので、中に王宮があったそうです。アンコールトムの中央にあるバイヨンはヒンドゥ教と仏教の混合寺院で、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)四面塔が49あります。

ここはタプローム。遺跡が巨大なガジュマルに侵食され、一体となっている有名な遺跡です。ジャヤバルマン7世が母を弔うために建てた仏教寺院で、このガジュマルの木の樹齢は約300年だそうです。

カンボジアでの移動手段はバイクでした。一番運転の上手なムエの後ろは石渡院長の専用席。ヘルメットがなかなか似合っています。
最終日は雨の中、みんなずぶ濡れになりながらバイクで空港まで来てくれてお見送りしてくれました。

みらいアンコール基金ではこれからも1人でも多くの専門医をカンボジアに増やしていけるよう、活動を広げていきたいと思っております。
今後ともあたたかいご指導、ご支援をよろしくお願いいたします。

 

カンボジアで医学を志す若者に、今できること。

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